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東京家庭裁判所 昭和59年(家)7866号 審判

主文

1  事件本人を準禁治産者とする。

2  事件本人の保佐人として

本籍 東京都新宿区○○町××番地

住所 東京都世田谷区○○×丁目××番×号

(弁護士) ○○

を選任する。

理由

1  鑑定人らの各鑑定の結果に申立人あるいは参考人らの審問の結果や一件記録中の資料方法をあわせ検討すると、次のような事実を認めることができる。

(1)  事件本人は、当時東京市芝区内にある商家で生育し、尋常高等小学校での成績は必ずしも芳しいものではなかつたが、商業学校入学後は学業に励み、好成績をおさめた。昔気質で家長的な実父に時に反抗しつつ、愛情深い実母の融和的な努力もあつて、生まじめで活動的、意欲的な生活態度を持し、兵役からもどつたあと、銀座にビルを構えることを目標に努力を重ね、○○ビルを銀座×丁目に建て、昭和27年に○○本社を設立し、その関連企業としての○○商事株式会社・○○地所株式会社、株式会社○○本社にも代表者としてかかわるようになり、これら○○グループは貸ビル業を中心に順調な発展の途を辿るようになつた。

(2)  事件本人は、その事業の進展にともない、後継者育成の意味合いも含め、昭和26年8月協議離婚した先妻との二男、三男、同年10月婚姻した後妻との長男(申立人)らを次々と○○グループ内の会社の役職につけるなど(なお先妻との長男は幼児期に死亡)して、企業の永続的発展をも計つたが、事件本人と意見の衝突をみて、この子らは退社するか、退社には至らなくとも、対立状態を激化させるに至つており、事件本人と申立人は会社経営の主導権の争奪闘争をくりひろげ、昭和59年8月には事件本人を○○本社の代表取締役から解任する取締役会の決議の動きもでている。また事件本人は後妻香に対し、夫婦関係調整調停事件を経て、昭和62年10月、離婚請求訴訟事件を提起しているほか、上記香や申立人を相手どり、株式会社○○本社における申立人らの取締役の地位を解任等により離脱させることなどを目指した訴訟をも提起しているのである。

(3)  ところで、事件本人は、昭和48年ころ、会社内において信頼していた役職員よりの訴訟提起などを中核とする紛争の渦中におかれ、不眠・食欲不振・抑鬱気分・意欲低下の症状を呈するようになり、心療内科の診断・診察をうけ初老期鬱病及び動脈硬化症と診断された。この状態は、昭和49年1月までの入院加療で症状改善し、退院後しばらくの間は社会活動もさしたる支障なくすごしていたが、昭和52年9月に高血圧性脳梗塞を発症し、血腫除去の手術をうけ術後も順調であつて構語障害もないといつた経緯を経たのちの昭和53年毎日の出社が可能となつてから、それまでの売買単位を一挙に増大させた株式売買を会社名あるいは個人名で行なつたり、赤字の続く○○のホテルの規模を3倍にする事業計画を開始し、結局は年間何千万円もの赤字を出してしまうようになり、多額の寄付行為を上掲手術をうけた病院にしたり、高価な物品を大量に買入れるという行動を始め、株式取引では会社名でのそれをあわせるとおよそ7億円の損失をだしてしまつた。このようなことのあつたあと昭和56年になると事件本人は、不眠・食欲不振・意欲低下・焦燥感・抑鬱気分・希死念慮の状況を呈するようになり、以前受診した心療内科主治医の診療をうけ神経症性もしくは反応性の鬱状態にあるとの診断のもと、北九州あるいは都内で精神療法を中心とし薬剤投与もうけたが、昭和57年中頃まで基本的には症状のさしたる好転はなく、事件本人は医師や薬剤に依存し、会社に出ても短時間で落ち着きをなくし、早々と帰宅しては部屋にとじこもる状態が続いた。昭和57年中頃からは、上記のような積極的活動期とその反対相を交互にくりかえしていたが、昭和58年6月ころ、構語障害・歩行困難が現われて9月ころまでの大部分の日を入院加療にあて、歩行状態は改善させ、この退院後配偶者との2人だけの約7か月ほどの生活は意欲減退などの状況にはあるものの、比較的穏やかな日々であつたところ、昭和59年4月、妻が病気治療で入院し、申立人夫婦と暮らすようになつてしばらくすると、一たん子である申立人への敗北感を口にするようになつたあと、強気かつ短気な挙動を示すようになり、昭和59年7月より昭和61年までホテル住まいのあと、都内六本木のマンシヨンでひとり暮しをするようになつた。

(4)  事件本人の現段階の心神等に関する状態は次のとおりである。

〈1〉  検査所見

〈イ〉 頭部CTスキヤン検査陳旧性脳梗塞像が右側の中大脳動脈領域に限局した部分にある。また両側とくに右側の側脳室拡大を伴う瀰漫性の軽度脳萎縮が認められる。

〈ロ〉 脳波異常な突発活動はないが、徐波化と左右差という持続性の異常所見が認められ、全般的な機能低下があり、右側が左側に比べて顕著である。

〈2〉  テスト結果

〈イ〉 鈴木ビネー式知能検査IQ53記憶力の低下、とくに最近時の記憶保持に障害が認められ、のみこみの悪さも指摘されたが、長谷川式簡易知能スケールでは27点(32.5点満点)でサブノーマルの所見であり、これでは記銘力は保たれているとされる。

〈ロ〉 WAIS知能診断検査言語性IQ102、動作性IQ70、全IQ91。動作性IQはボーダーラインで精神作業力の速度の低下、視覚と運動の協応・視覚的体制化などの悪さが目立つ。

〈ハ〉 内田クレペリン精神作業検査判定類型はCP(異常型)で、作業量はかなり不足しており、激しい動揺(大きい突出・落ち込み)、後期初頭の著るしい出不足、などの非定型的特徴がみられる。

〈ニ〉 矢田部ギルフオード性格検査判定はD型(安定-適応-積極型の準型)。抑鬱性小、気分の変化小、劣等感小、活動的、支配性大、神経質などの性格傾向が認められる。

〈ホ〉 文章完成テスト性格は意欲的・積極的であるが、自己中心的、独善的、自信過剰で協調性に乏しく他人の意見を柔軟に取り入れようとする姿勢がみられない。人間不信が強く、心の深層では他者とのあたたかい交流を求めながらも、とかく対立的・他罰的態度をとりやすい。家族に対しても自分を正当に評価しないという不満が強い。

〈ヘ〉 ロールシヤツハテスト観念内容は貧困化しており、常同的な物の見方をくりかえしている。外界認知は主観的で漠然としており、具体的な吟味や客観的な判断ができなくなつている。内的欲動への統制も弱い。

〈3〉  全般的な精神的現症

幻聴・幻視などの幻覚症状はない。離人症・作為体験などの自我意識症状も認められない。対人感情・思考面では妻や申立人に対する敵対感情・被害念慮がみられるが、激情をあらわにするようなことはない。意識は清明、注意力も比較的良好であるが、問診あるいは検査時に時折注意がそれ、自慢話を始めるなどの注意散漫・自制減弱傾向がみられた。

なお事件本人には、躁状態でみられる観念奔逸や鬱状態でしばしば体験される思考抑制とか、精神分裂症で特徴的な滅裂思考及び思考途絶などは、認められない。

〈4〉  身体的所見内科・神経学的には、右側の中大脳動脈領域の陳旧性脳梗塞に由来すると思われる軽度の歩行障害、軽微な構音障害、左同名半盲、右注視困難と硬化性乳腺突起炎に起因すると考えられる両側の聴力障害が存在するが、そのほか特別な異常は認められない。

(5)  以上のような事件本人の心神状況をふまえ、本件における第1回鑑定の鑑定人は、脳血管性精神障害に帰因する知的活動性の減退および人格変化のため、事件本人は、心神耗弱の常況にあるとの意見を述べ、第2回鑑定の鑑定人は、事件本人には素質による躁鬱病の発現がみられ、そして躁病による事実認識、判断力の障害は顕著であつたものであり、またこの判断力の障害には軽微な老年痴呆も関与していると考えられ、躁鬱病が寛解した場合も、綜合的判断能力の減弱は残ると考えられる、との診断のもと、やはり心神耗弱の常況にある、との鑑定意見を表明する。

2  以上の事実をもとに、検討すると、事件本人は、意識清明であり、注意力も比較的良好とはいえ、全般的な脳機能の低下があるうえに、素質、ないし、その生育・社会活動歴のなかで形成されてきた自己中心的で独善的・支配的な性格で、外界認知を漠然と主観的になす傾きの認められるその心理活動に照らすと、日常的で定型的な行動判断は支障ない結果を生むとしても、その精神能力は、自らのおかれている状況を認識し、そのような状況で自己の行為がどのような結果を生じるかを正しく判断し、それにもとづき自己の行為を統御できる能力を失つてしまつたとまですることはできないものの、社会通常人と比べると不完全なところに落ちこんでしまつたものとして、心神耗弱の常況にあるといわざるをえず、事件本人のそのおかれた環境・経済状況その他諸事情からみて、準禁治産宣告をなすのが相当である。

ところで、事件本人には配偶者があるものの、上掲認定のとおり、その配偶者を被告とする離婚訴訟が提起されてしまつており、その実質からしても、同配偶者には欠格事由が存するというべきであり、保佐人の選任を要するものとなるところ、申立人あるいは上掲の先妻の子らより、それぞれこの件につき親族の何人かを候補者としての各意見の上申がなされているものの、事件本人と古田淳一との間にも仮処分事件の生じたことがあるほか、事件本人親子間のこれまでのいきさつや本件に関し、事件本人は別紙代理人目録(編略)の各弁護士に委任状をだし、種々の主張を重ねていることなどに照らすと、事件本人の保佐人としては、身分関係につながりなく、主文掲記の者を選任するのが最も相当と考える。

3  よつて、申立人の本件各申立てに応じ、主文のとおり審判する。

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